多文化公共圏センタースタッフ(2014年度)



【国際学部長】

国際社会学科教授 田巻松雄(国際社会論 地域社会論)

国際学部長挨拶をご覧ください。











【センター長】

国際文化学科教授 渡邉直樹(ヨーロッパ思想構造論、日独比較文化論、ドイツ文化論)









【副センター長】

国際社会学科教授 重田 康博(地球市民社会論 国際協力NGO)

 皆さん、こんにちは。2012年4月から国際学部多文化公共圏センター副センター長になった重田康博と申します。昨年まではセンター長をしていました。どうぞよろしくおねがいします。
 私は最初国際協力団体やNGOで働いていました。12年前に大学の教員となり、宇都宮大学国際学部に来たのは丁度6年前です。現在の自分の専門分野は、国際NGO論、グローバル教育で、自分の海外のフィールドはカンボジアとイギリスになります。カンボジアへは、この10年来継続して訪問し、NGOの農村開発、子どもや女性への教育支援、等の調査を行ってきました。イギリスでは、NGOによるグローバル教育、フェアトレード、NGOによる多文化公共圏等の調査を行っています。
 多文化公共圏センターにおいては、2009年12月に初めてグローバル教育セミナー「グローバル教育最初の一歩〜地域からグローバル問題を考える〜」を開催しました。グローバル教育は、田巻前センター長による「外国人児童生徒教育」と共に、このセンターの柱の事業にしたいと考えています。その他にも、本センターでは福島乳幼児・妊産婦支援プロジェクト国際文化、地域研究、多文化公共圏に関わる研究調査、等の活動を行っていきたいという夢を持っています。
 多文化公共圏センターを皆さまと一緒に育てていただけるようにどうぞご支援・ご協力をお願い申し上げます。

国際社会学科教授 中村 祐司(行政学・地方自治論)

 皆さん、こんにちは。副センター長の中村祐司です。2008年の多文化公共圏センター発足以来、私のこれまでのセンター活動との関わりには、大きく二つあったように思います。
 一つは地域の多文化共生の計画づくりや共生社会の形成に向けた貴重な事業を経験できたことです。
 具体的には鹿沼市において行政や市民と協力して、2011年に「かぬま多文化共生プラン」を策定し、 これにもとづいて「多文化共生講座―はじめの一歩―」を毎年開催してきました。 そこでは外国籍市民を含むさまざまな分野で活躍する住民や地元高校生との交流を行いました。(活動報告を年報第3号に掲載)。
 もう一つは、研究者としてセンター年報に論文を掲載する機会を得たことです。
これまで「東日本大震災後の震災対応をめぐる住民・行政・企業・NPOの協働」(年報第4号)、「東日本大震災後のスポーツ支援活動をめぐる新聞報道と公共圏の萌芽」(同5号)、 「2020年東京五輪がもたらす『スポーツグローバル公共圏』の課題」(同6号)を執筆しました。
 地道な実践と論文作成を続けていくことに加えて、これからは活動の幅を少しでも広げられるようがんばります。
どうかよろしくお願いいたします。



【センター員】

国際社会学科准教授 阪本 公美子(地域研究<アフリカ> 社会開発論)

 社会開発、地域研究(アフリカ)を専門としています。
 アフリカの「貧困」をどう世界の問題として捉えるか、ということともに、アフリカの豊かさやあり方から学ぶ姿勢も大切にしています。発展のあり方については、日本がアフリカに伝えるべき負の遺産による教訓とともに、アフリカから日本が学ぶこともたくさんあります。
 3.11以降、放射能汚染に最も脆弱な胎児・乳幼児に注目し、CMPSにて福島乳幼児・妊産婦支援プロジェクトを立ちあげ、学生ボランティア団体FnnnP Jr、姉妹プロジェクト福島乳幼児妊産婦ニーズ対応プロジェクト(FnnnP)とともに活動しています。そして活動の中で出会っている対象者の方々の話を伺い、人びとの生活を揺るがす現状を生み出している社会の問題性も仲間とともに考え始めています。


国際文化学科准教授 田口 卓臣(フランス文学 思想) 

 3.11原発震災によって様々なものの地位が失墜しました。「専門家」という言葉もその一つです。この自覚に依ることなく、「私の専門は○○である」と言明する者の学問的な営みは、その時点で不毛を約束されています。だから、私はここで「私の専門は18世紀フランスの思想と文学です」と述べることを控えたいと思います。とはいえ日本の現状を虚心坦懐に見据えるなら、まさにこうした状況下においてこそ、「知」というものの本来的な姿が最も鮮明な輪郭を伴なって立ち現われてくると言えるかもしれません。
 かつて、文芸評論家のエドワード・サイードは、「知識人」とはアマチュア精神を手放さない者のことだ、と述べたことがあります。権威に頼らず、権威としてふるまうことのないこのアマチュア精神に徹すること。いいかえれば、「私の専門は○○である」という発言をあえて自らに禁じること――これは、口で言うほど簡単なことではありません。なぜなら、大学の教壇に立つということは、その当人の無意識の深層に、「権威」や「専門」という言葉が持つ響きの心地良さを刷りこまずにはおかないからです。しかし、この言葉の自堕落な魔力に抗おうとしない限り、いつまでも「考える」ことの本質が垣間見えてこないということだけははっきりしています。3.11原発震災は、そんな抗いの試みを以前よりも容易にしてくれたという意味で、知というものに対する私たちの在り方を、少しだけ正常な状態に押し戻してくれたのかもしれません。

国際文化学科准教授 アンドリュー・ライマン(比較文化論) 











国際社会学科講師 松村史紀(国際政治論・近現代中国論・東アジア国際政治) 










国際文化学科講師 モリソン・バーバラ(英文学と言語・日本文学と文化・日本文化交流)











【センター職員】

国際学部事務補佐員 山澤 明美