イベント報告

<日光市国際交流協会・多文化公共圏センター交流事業>

 


日時:2009年7月29日(水)19:00〜

場所:日光市役所 第4庁舎2階 会議室
   
講演 「日本在住外国人のルーツや背景と『国策』〜多文化共生をマジメに考えるために〜」

講師 田巻 松雄
   
       宇都宮大学 国際学部教授、国際学部多文化公共圏センター長

プロフィール

北海道夕張市出身。

筑波大学大学院社会科学研究科を卒業後、名古屋商科大学を経て、1996年より宇都宮大学国際学部に勤務。地域社会論や現代日本社会論などを担当している。
 
名古屋近郊在住当時、名古屋のホームレスや日雇労働者を支援するプログラムに参加。5年ほど、日常的な支援活動や越冬活動に参加した。
このような活動をベースにしながら、90年代は主に名古屋や東京のホームレス問題を研究した。90年代、非正規滞在者を始めとする外国人労
働者にも関心を向けてきたが、2004年より、宇都宮大学の重点推進研究の代表者として、栃木県における外国人児童生徒の教育問題について
の調査研究に関わる。2008年、国際学部が地域の国際化に関する教育研究拠点として立ち上げた多文化公共圏センターの初代センター長に就
任。県内教育委員会や学校現場との連携を図りながら、外国人児童生徒教育についての調査研究を進める一方で、諸問題の解決に向けた実践
的な事業に取り組んでいる。
 
現在の主な研究領域としては、現代日本の下層問題、グローバル化と人の移動、外国人児童生徒教育問題などがある。なお、「夕張を学ぶ
会」の代表者として、『夕張学』の刊行も行っている。

⇒チラシ
    


田巻センター長

  講演会に参加して

去る7月29日、日光市役所において田巻先生の講演会がおこなわれ、日光市役所の方をはじめ宇都宮大学の学生、外国人教育に携わる先生方、外国人政策に興味をお持ちの一般の方などが訪れ、皆さん熱心に耳を傾けていらっしゃいました。

今回の講演では、近年政府関係やマスメディア等で多用されている「多文化共生」という言葉がどのように使われているのか、そしてそこからどのような意図が読み取れるかを導入とし、外国人が直面する問題をさまざまな角度から見ることの重要性を主題としていました。 具体的には、@外国人研修生制度や不法就労といった労働環境の厳しさ、A外国人登録業務が各市町村から法務省での一元管理へと移行することで非正規滞在の方の外国人登録ができなくなり、教育等の行政サービスの枠外へと置かれてしまうこと、B同じ時期に外国人問題が顕在化してきた韓国・台湾と日本の政策を比較し、「労働力としての外国人」は受け容れても「生活者としての外国人」は切り捨てるという日本の姿が分かりやすく提示されました。この点については、「多文化共生」という表面的には誰もが受け入れやすい言葉が、じつは日本人の利点や都合しか考えられておらず、外国人の置かれた状況を「日本にいるのは自己責任なのだから、日本社会に溶け込めない原因は本人の努力が足りないせいだ」という認識のもとに使われているのではないだろうかと感じました。

お話の最後に、田巻先生は「異文化理解には愛情と尊敬が不可欠である」と述べられていました。私見ではありますが、これは美辞麗句で装飾された「多文化共生」という言葉を捨てて、実際の外国人の生活を知ることを意味しているのではないでしょうか。マジョリティの側から同化を求めるような制度を見直し、「互いの生を保障し合いながら、共生とは何か、どういう状態になれば共生したことになるのか」を追究し本音で話し合うこと。そのためには現実の問題をうやむやにせず正面から向き合うこと。しかもそれは行政だけでなく個人レベルで求められるべきことだと思います。もちろんそのときには齟齬も生じるし、憎らしいと感じたり嫌悪感を抱いたりすることもあるでしょうが、互いに何を考えているかを知らなければ愛情や尊敬を持つこともできません。したがって、イメージのなかの外国人ではなく、生身の人間としての外国人を知ることが大事なのだと思いました。

最後に、久しぶりに「田巻節」を聞いて、懐かしく感じるとともに改めて先生のお話の面白さと巧みさを実感しました。1人でも多くの人とこの問題を共有するため、そして田巻先生の面白さを知っていただくためにも、ぜひまたこうした機会を設けていただきたいと思います。

阿部 智英(田巻研究室卒業生)



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