イベント報告

福島乳幼児・妊産婦支援プロジェクト(FSP)
国際開発学会「原発震災から再考する開発・発展のあり方」研究部会 合同報告会」

         「栃木県北地域と『隠れた被災者』 ―市民による除染と子どもの安全のための活動を事例として―」

■日時:2012年10月13日(土)13:00〜17:00

■場所:宇都宮大学峰キャンパス 基盤教育B棟 1223教室 

■入場料:無料

■プログラム
 
13:00〜 第一部 栃木県北地域の現状報告 
           
          「砦の住民活動と除染の実際」
           報告者:大笹貴靖(NPO法人 那須希望の砦」事務局長)

          「子どもを取り巻く放射能汚染問題と市民による防護活動」
           報告者:手塚真子(「那須塩原放射能から子どもを守る会」代表)
               瀧アケミ(同副代表)

          「県北地域 震災を受けての乳幼児保護者アンケート」結果報告
           報告者」清水奈々子(宇都宮大学国際学部准教授)

15:45〜 第二部 コメントとパネルディスカッション:「隠れた被災者」への支援とその課題

          パ ネ リ ス ト:大笹貴靖、手塚真子、清水奈々子
          コメンテーター:原口弥生(茨城大学准教授・FnnnP茨城拠点長・茨城大学有志の会メンバー)
                  高橋基樹(神戸大学教授・国際開発学会理事/前副会長)
          司     会:重田康博(宇都宮大学国際学部教授・FSP代表・国際開発学会研究部会代表)
        



                    講演会について

                               
                                                     記録:田口卓臣
                 

 この報告会は正面から栃木県内の問題に光を当てたこともあって、多くの地域住民をはじめ、100名を超える方々の
ご来場をいただきました。会場からの声は熱気に溢れ、時に手厳しい発言も含まれていましたが、3.11から一年半もの
長きに渡って無視され続けてきた栃木県北地域の抱える困難がようやく浮き彫りになったという点で、意義深い機会に
なったのではないかと思います。会の翌日には、下野新聞2012年10月14日(日)朝刊1面・2面において、この報告会の
内容が大きく取り上げられることになりました。会の準備を進めてこられた本学国際学部の清水奈名子准教授のご尽力
に感謝します。
 なお、会の冒頭で、内山雅生国際学部長、重田康博多文化公共圏センター副センター長より、この報告会を開催する
社会的な意義、福島乳幼児・妊産婦支援プロジェクト(FSP)の活動経緯等に関して報告がありました。会の前半には、
栃木県選出の谷博之参議院議員(元法務副大臣・民主党)も来場され、県北地域の放射能汚染を直視することの重要さ
を訴えておられました。

大笹さん
●第一部 栃木県北地域の現状報告
 大笹貴靖さんの講演では、2011年5月に設立された「NPO法人那須希望の砦」事務局長
としての立場から、高レベルの放射能汚染を被った那須地域の現状について詳細な報告
がありました。同NPO法人が、那須町の子どもたちの被曝実態をめぐって実践してきた綿
密な調査方法が紹介されたうえで、学校や自宅における子どもたちの外部被曝の算出結
果が、国の設定した年間1ミリシーベルトの被曝規準を大きく上回っている事実に光が当
てられました。客観的なデータ計測に基づいて、子どもの外部被曝を確実に下げるため
の同NPO法人の除染活動の取り組みは、今後、日本各地の汚染地で暮らす人々にひとつの
貴重なモデルケースを提供しているように思われました。それだけに、市民側からの再
三の要求にも拘わらず、のらりくらりと時間稼ぎに終始する国の誠意のなさが、明確に
               浮き彫りになった報告でした。

注=「NPO法人那須希望の砦」に関しては、下記URLを参照
http://nasu-toride.org/

手塚さん、瀧さん
 手塚真子さんと瀧アケミさんの講演では、2011年6月に設立された「那須塩原放射
能から子どもを守る会」代表・副代表としての立場から、栃木県内で最も深刻な汚染
被害を受けた那須塩原市の現状について報告がありました。問題の指摘そのものをタ
ブー視する同地域の閉鎖的な空気の中で、少しずつオープンな議論をするための土壌
を整えてきた同会の活動の一端が紹介されました。生活の現場にはボーダーラインな
どないにも拘わらず、行政の縦割り構造ゆえに、問題解決そのものがたらい回しにさ
れる同地域の現状は、日本社会全体に潜在する危機の所在を告げているように思われ
ました。「放射能は大丈夫なのか?危険なのか?」という短絡的な二者択一の中でこ
の現状を捉えるのではなく、今後も起こりうる緊急の危機の際に「どのように子ども
を守るのか」を地域全体、国民全体で議論していくことの切実さが強調されたうえで、
「今ほど実効的な対策を考えるチャンスはない」というポジティヴな視点も提示され
ました。県北と県南とでは、放射能汚染をめぐる歴然とした危機意識の格差が見られます。しかし、原発事故直後に
は大量の放射性ヨウ素が県南に降下したという事実を踏まえるなら、今回の汚染の問題を狭い地域に限定的なものと
して捉えることは、端的に不毛と言ってよいでしょう。県内全体での十分な健康調査の実施に向けて、行政に働きか
けていく必要性が確認されることになりました。

注=「那須塩原放射能から子どもを守る会」に関しては、下記URLを参照
http://nasusavechild.hotcom-web.com/wordpress/

 清水奈名子教員の講演では、福島乳幼児・妊産婦支援プロジェクトの一員として「県北地域 震災を受けての乳幼児
保護者アンケート」(2012年7月4日〜13日)を実施した立場から、これまで隠蔽され続けてきた地域住民の生々しい本
音に関して簡潔な報告がありました。那須塩原市の西那須野幼稚園、こひつじ保育園で実施された同アンケートの結果
によると、回答を寄せた245世帯のうち、実に229件(94%)が、当該地域の放射能汚染を「不安に思っている」ことが
判明しました。子どもが外遊びや飲食を通して被曝することへの不安。育児中の母親自身による情報収集の限界。各家
庭の判断に丸投げしたまま、汚染の現実と向き合おうとしない国や自治体の姿勢。将来の不確かさゆえに、問題を直視
し続けることへの母親たちの疲労感。閉鎖的な県北地域の空気の中で、誰に相談してよいのかさえも分からない当事者
たちの孤立感。9割以上の回答者が問題を感じているにも拘わらず、具体的な対策が先延ばしにされ続けている現状が
浮き彫りになりました。

●第二部 コメントとパネルディスカッション 「隠れた被災者」への支援とその課題
パネルディスカッション
 まず、第一部の報告を受けて、原口弥生さん(茨城大学准教授・FnnnP茨城拠点長)、
高橋基樹さん(神戸大学教授・国際開発学会理事)より、それぞれの立場に即して
いくつかのコメントが寄せられました。
 原口弥生さんのコメントでは、「茨城大学有志の会」メンバーとしての立場から、
44市町村の半数近くが国の指定地域となっている茨城県内の放射能汚染の高さにつ
いて報告がありました。これまで、茨城県の県知事は、市民側からの再三に渡る健
康調査実施の要望を無視し続けてきました。ところがここへ来て、茨城県議会にお
いて「国に実施基準の早期策定を要求するよう求める請願」が採択されたことによ
り、健康調査の実現に向けた大きな一歩が踏みだされることになりました(毎日新
聞2012年9月21日(金)朝刊)。茨城県内の高濃度汚染地域が、「子ども・被災者支
援法」に基づいて「支援対象地域」に指定されることになれば、同調査の実現可能
                性が高まることになります。

注=「子ども・被災者支援法」に関しては、下記URLを参照
http://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/rippou_chousa/backnumber/2012pdf/20121005098.pdf

 高橋基樹さんのコメントでは、開発途上国における貧困や人権の問題と向き合ってきた研究者としての立場から、未曽
有の原発事故を招いた当の日本が、ベトナムやヨルダンへの原発技術の輸出を進めようとしている現状について指摘があ
りました。この原発技術の輸出が実現することによって、日本による開発途上国への無理解・無関心と構造的差別が強化
されるのは自明なことです。この意味で、「原発や放射能汚染の問題を、特定の地域の問題に限定して考えないようにし
よう」という高橋さんのメッセージは、正鵠を射ていると私は思います。また高橋さんは、文芸評論家、唐木順三の
『「科学者の社会的責任」についての覚え書』(1980年)を引きながら、この書物の中で提示された「科学者批判」にも
言及されました。「人間は科学技術を通して、どこまでも真理を追究することができる。その使い方だけが問題である。」
高名な物理学者、湯川秀樹によるこの種のテクノロジー信仰が、どのような思いあがりの上に成立しているのかを指摘す
る唐木順三の警告は、3.11以降、まさに真剣な熟考に値することであるという見解が示されました。また、原発災害後に
起きたことやそれに対する取り組みを記録し、その記録を日本に留めず広く発信することの必要性についても指摘があり
ました。
 お二人のコメントの後で、各パネリストから、次のような応答が寄せられました。以下に皆さんのご発言を箇条書きに
していくことにします。
 
 大笹貴靖さん:これまで、地元の除染活動に集中してきたため、それ以外の地域での活動を知らずに来てしまった。腰
の重い行政をどう動かすかという共通の問題意識に基づいて、連携できるところがあれば、共に模索していきたい。また、
原発事故前から、藤村靖之さん(NPO法人那須希望の砦代表)の「非電化運動」に触れてきた立場としては、オール電化住
宅に代表されるような電力浪費社会のあり方は再考すべきだと考えている。

 手塚真子さん:県北の自治体や学校における事なかれ主義は、今に始まったことではないので、意識的にKY作戦を取って
きた。原発事故直後の全く不確かな状況の中で、平常通りに2011年4月の学期を開始した学校や教育委員会のあり方は、今
でも問題だったと考えている。

 瀧アケミさん:(「お母さんたちが積極的に子どもを守るための活動に取り組んでいるように見受けられるが、お父さん
たちは何をしているのか?」という高橋基樹さんからの質問を受けて…)そもそも、お父さんたちは日頃から学校等の活動
に関わる場面が少ない。会社の仕事から帰宅すると、くたびれ果てているので、家でごろごろするだけになってしまうので
はないか。

 清水奈名子教員:国際関係論を研究する者として、国家が引き起こす戦争によって最も犠牲になるのは、非戦闘員である
という事実を訴え続けてきた。ところが、3.11の原発震災以降の日本で露呈したのは、このように海外の戦争や紛争の現場
で起きている現実と全く同型のものだった。目の前に問題があるにも拘わらず、自主規制をかけてそれをなかったことにす
る現在の世間の風潮には同意できない。民主主義の最後の砦としての大学の役割は、市民を守らない国家のあり方に異議を
提示し、自由な議論の場を確保するところにあると考える。

 原口弥生さん:今回の原発震災以降の政府対応のプロセスを見る限り、過去の公害の事例に何も学んでいないということ
が分かる。水俣病は、問題の表面化へのタブー視によって、半世紀以上もの長きに渡って現地の住民を苦しめることにつな
がってしまった。

 高橋基樹さん:歴史を振り返ると、世の中は、あるコミュニティにおいて最初の段階ではKYな人によって変えられてきた。
KYな人を支え、KYな人々同士がつながり合っていくことが大切ではないか。

●フロアからの声、パネリストからの応答
 以上の発言を受けて、今度はフロアから多くの声が寄せられました。それに対するパネリストの皆さんの応答を含めて、
以下に箇条書きにしたいと思います。
 
  日光市の方より:那須で展開されている活動は素晴らしいと思った。日光も大変な汚染被害を受けたが、日光市の広報を
含めて、そのことを訴えようとする声が全くあがってこない。余りに理不尽だと考えたので、去年の10月から一人で計測を
始め、毎週のように汚染状況を伝えるビラ配りをしてきた。やってみて分かったのは、実は誰もが心配しているということ
だった。日光市では、線量の高い所を子どもたちが走り回っていて、はっきり言えば「見世物」にされていると感じている。
今回のようにアンケート調査をやるのもいいが、ひとりひとりの人間のいる場所を歩き回って、ひとりひとりの感情をきち
んと汲み取ってほしい。
 
  矢板市の方より:「自由な議論の場」と言うだけでは、大して意味はない。矢板では放射能の測定をしようとすると、冗
談交じりに「測るなよ」と牽制されたりする。一方で、原発推進派の家の奥さんが、こっそりと測定してほしいものを持っ
て来たりもする。本当に大事なことは、それぞれの場面において、どのように少しでも効果的な放射能対策を創り出してい
くかということだと思う。なお、これまでの「住民と行政」の関係のあり方を考え直す時期に来ている気がしている。発想
を根本から変えるべきではないか?
 
 那須塩原市の方より:もう年を取ってしまったので、自分自身のことはどうでもいい。しかし、「孫たちを守る」という
思いで活動してきた。市の人間は県の顔をうかがい、県の人間は国の顔ばかりうかがっている。自分が属している自治会で
は、自分がしつこく話題にし続けたことによって、ようやく放射能汚染の問題もタブーではなくなった。自治会の意向は、
一定の方法を通せば、行政にもきちんと伝えることができるので、これを出発点にして活動に取り組んでいきたいと考えて
いる。
 
 大田原市の方より:「お父さんは何をしているのか?」という問いかけがあったが、今回の放射能汚染対策の現場では、
少なくないお父さんたちが、活動に取り組んできた。また、子どもたちの通学路の計測で実働部隊になったのは、年配の方々、
特にリタイアされたお爺さん、お婆さんたちだった。一方、小中学校等の先生たちは、ほとんど全くと言っていいほど、放
射能に関する勉強をしていない。これは問題ではないだろうか?
 
 宮城県南在住の方より:宮城県でも、県知事の方針により放射能の測定は全く行われていない。「放射能」という言葉そ
のものがタブーと化していて、話題にすることさえも難しい状況にある。津波被害からの「復興」という観点が先行してい
るため、「一年先のことさえも覚束ないのに、十年先、二十年先の不確かな問題に触れるな」というバイアスが強く働いて
いる。この意味で、今日報告された事例といくつかの共通点があると感じた。
 
 大笹貴靖さん:いまだに声をあげようとすると、「風評被害を招くからやめろ」と言う人たちがいる。しかし、「風評被
害」という表現は、端的におかしい。高濃度の汚染を受けたのは紛れもない事実なのだから、栃木県北地域の実態は、まさ
に「実害」だと思う。なお、NPO法人那須希望の砦では、放射能汚染について勉強している人と、そうでない人とによって、
話の持って行き方を使い分けている。具体的な成果につなげるためには、こういう戦略も必要だと思う。
 
 手塚真子さん:(「学校教員にばかり責任を押し付けないでほしい」というフロアからの発言を受けて…)「那須塩原放
射能から子どもを守る会」は、決して教育者だけに責任を押し付けようとしているわけではない。学校の先生も、全ての事
柄を教えられるわけではないのは当たり前のこと。誰にも分からない不確かな問題に関しては、いっしょにみんなで学んで
いこう、という姿勢を見せてほしかっただけ。知識を教え込むのではなく、教員がそういう姿勢を見せることこそ、「教育」
のあるべき姿なのではないだろうか?
 
 瀧アケミさん:私たちは行政とも先生たちともいっしょに勉強していきたいという立場。しかし、今までのところ、学校
や教育委員会からの誠意ある説明は一度もなかった。そればかりか、暗に「計測はやめましょうね」という同調圧力がかか
ってきて、とても残念だった。この問題に対して、「公務員か民間か?」「教員か生徒か?」「学校か保護者か?」という
区別があるとは思えない。みんなでいっしょに勉強し、子どもたちを守るための取り組みにつなげようと呼びかけたい。
 
 原口弥生さん:自由な議論が難しい地域、声をあげることが難しい地域があることは承知していて、常にそのような地域
のことは頭にある。今夏に行った茨城県議会への請願活動の目的の一つは、県レベルで市民活動を行えば汚染度が高く声を
あげることが難しい地域にも救済の手が差し伸べられることになる。地域間のネットワークも重要になってくるのではと思う。
 
 清水奈名子教員:今回のアンケート調査は、実施する前の段階で、対象者の方々から「これまで多くのアンケートに答え
てきたが、結果の説明をされたことは一度もない」という指摘をいただいていた。そこで、調査結果に関しては、当事者へ
の報告をきちんと実施することにした。その結果、「このアンケートをしてくれて良かった」という声も寄せられている。
地域住民の生の声が可視化されるまでには、まだ多くの手順を踏まなければならないだろうが、ひとつずつ出来るところか
ら取り組んでいきたいと考えている。

 以上です。

⇒PDF版記録:栃木県北地域と「隠れた被災者」




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