イベント報告

         福島乳幼児妊産婦ニーズ対応プロジェクト・福島乳幼児妊産婦支援プロジェクト 合同報告会・討論会 〜東日本大震災・原発事故発生からもうすぐ2年、私たちは何をすべきか?〜

【日時】 2013年2月3日(日) 12:30〜16:30 開場12:00
【会場】 東京ウイメンズプラザ1F視聴覚室 (東京都渋谷区神宮前5-53-67  03-5467-1711(代) )
【主催】 福島乳幼児妊産婦ニーズ対応プロジェクト(FnnnP)
          宇都宮大学国際学部附属多文化公共圏センター 福島乳幼児妊産婦支援プロジェクト(FSP)
【協力】 国際開発学会「原発震災から再考する開発・発展のあり方」研究部会
【司会】 清水奈名子 宇都宮大学国際学部准教授/FSPメンバー

【式次第】
12:30〜13:30 3大学アンケート結果報告
 ・福島県内の未就学児・震災直後:
   宇都宮大学国際学部附属多文化公共圏センター(阪本公美子准教授・FSP事務局長、FnnnP副代表)
 ・栃木県:福島乳幼児妊産婦支援プロジェクト(FSP)スタッフ 匂坂宏枝
 ・群馬県:群馬大学社会情報学部 西村淑子准教授(FnnnP群馬拠点長)
 ・茨城県:茨城大学地域総合研究所 原口弥生准教授(FnnnP茨城拠点長)
 ・周辺県の被災者の状況/栃木県被災者:宇都宮大学国際学部 清水奈名子准教授(FSPメンバー)

13:30〜15:00 福島乳幼児妊産婦ニーズ対応プロジェクト活動報告会
  ・FnnnP設立背景と2年間を振り返る
   (FnnnP代表・舩田クラ―センさやか 東京外国語大学准教授)
  ・各拠点における避難者ご家族との歩み
    栃木拠点: 栃木拠点長 阪本公美子、FnnnP Jr.代表 田中えり、FSPスタッフ 匂坂宏枝
    新潟拠点: 新潟拠点長 小池由佳 (新潟県立大学准教授)他
    茨城拠点: 茨城拠点長 原口弥生他
    群馬拠点: 群馬拠点長 西村淑子他
    首 都 圏:  首都圏コーディネーター 堀ひとみ他
  ・当事者団体支援・市民連携の重要性: アドボガシー担当 中山瑞穂

<休憩15:20まで>

15:20〜16:25 討論会 「原発事故から2年が過ぎ、私たちは今、これから、何をすべきか?」
   ファシリテーター:舩田クラーセンさやか(FnnnP代表/東京外国語大学准教授)
   パネリスト:
  ・重田康博 宇都宮大学国際学部教授・福島乳幼児妊産婦支援プロジェクト(FSP)代表
 ・河崎健一郎弁護士 福島の子どもたちを守る法律家ネットワーク(SAFLAN)共同代表
  ・西崎伸子 福島大学行政政策学類准教授、福島の子ども保養プロジェクトアドバイザー
  ・樋口葉子 ふくしま子育て支援ネットワーク代表世話人
 ・佐藤伸司 福島県子育て支援課
 ・茨城県、東京都への避難ママ団体(FnnnPママ・スタートアップ助成先団体)3団体

16:25〜16:30 閉会の挨拶
  ・重田康博 宇都宮大学国際学部教授・福島乳幼児妊産婦支援プロジェクトFSP代表


                    合同報告会・討論会
        「東日本大震災・原発事故発生からもうすぐ2年、私たちは何をすべきか?」

                               
                                                     記録:田口卓臣
                 

 2013年2月3日(日)、渋谷の東京ウィメンズプラザ1階で開催されたこの合同報告会・討論会は、福島乳幼児妊産婦
ニーズ対応プロジェクト(FnnnP)、福島乳幼児妊産婦支援プロジェクト(FSP)による二年間の活動を総括する貴重な
機会となりました。12時半から16時半にいたるまで、ほぼノンストップで数多くの報告と発言が相次いだにもかかわら
ず、最後までたいへん多くの方々がその場に留まり、熱心に耳を傾けていました。報告会に関しては、当日の読売新聞
と東京新聞で事前告知の記事が掲載されたほか、その模様がインターネット(IWJ)で同時中継され、夕方のNHKとTBSの
ニュースでも報道されました。また、翌4日(月)の毎日新聞(茨城)、8日(木)の東京新聞でも、大きく紹介されま
した。これらを通じて、直接来場できなかった方々に2年間の現場の様子を伝えることができたばかりでなく、原発事故
から2年を迎える節目に際して、さらに広くこの問題を共有し、具体的な行動に結びつけていく必要があることを訴える
こともできました。会場には川田龍平参議院議員(みんなの党)も駆けつけ、「原発事故子ども・被災者支援法」(後
述)の社会的周知の必要性を語っておられました。問題に関わる立場や姿勢は様々だとしても、「社会の宝」としての
子どもを守るという大きな目標に向けて、共に力をあわせていくことが確認され、本報告会は盛況のまま締めくくられ
ることになりました。

●第一部――報告会
1)3大学アンケート結果報告
 第一部の前半は、3大学(宇都宮大学、群馬大学、茨城大学)が福島県内外の世帯を中心に実施してきたいくつかの
アンケートに関して、各大学の教員による報告が行なわれました。
 最初に、阪本公美子准教授(宇都宮大学)から、「福島県内に未就学児を持つ家族を対象とする原発事故における
『避難』に関する合同アンケート調査」(2011年8月実施、2012年2月発表、福島県各地238世帯)の概要が報告されまし
た。この調査結果から浮き彫りになったのは、以下の四点でした。すなわち、@福島県内で未就学児を抱える家族の多
くが、事故発生から半年が経過した時点でも強い不安を感じていること。A国や自治体は、彼らの不安に応えるための
対応を十分に行なっていないこと。B多くの家族は避難を希望しているにもかかわらず、仕事や金銭的理由をはじめと
する様々な要因によって福島県内に留まっていること。C国・自治体・メディアは、原発、放射能汚染、防護に関する
十分な情報開示を行なっていないこと。
→このアンケートの詳細は以下をご覧ください。
http://cmps.utsunomiya-u.ac.jp/news/fspyouyaku.pdf

 阪本教員はさらに「北関東(茨城・栃木・群馬県)への避難者の必要な支援に関するアンケートの結果概要」(2012
年7〜9月実施、同年12月発表、茨城県587世帯、栃木県225世帯、群馬県185世帯)を紹介したうえで、「多くの避難者
にとって必要性が高い支援」として、次の四点を挙げました。すなわち、@高速道路の無料化をはじめとする交通費の
助成。A現在住んでいる仮設住宅(借り上げ住宅)の延長・長期化。B内部被曝検査や甲状腺検査をはじめとする放射
線の健康影響に関する検査の実施。C自主避難者に対する支援および損害賠償の情報提供や支援。
→このアンケートの詳細は以下をご覧ください。
http://cmps.utsunomiya-u.ac.jp/fsp/fsp121207.pdf

 以上の報告に補足する形で、匂坂宏枝(宇都宮大学スタッフ)より「栃木県内への避難者のアンケート調査」(2012
年8月実施、同年12月発表)に関する説明が行なわれました。この調査を通して明らかになったのは、福島県から栃木
県に避難した世帯が、栃木での子育てや生活に役立つ情報を切望しているという現状でした。
→このアンケートの詳細は以下をご覧ください。
http://cmps.utsunomiya-u.ac.jp/fsp/fsp1212071-1.pdf 

  次に、西村淑子准教授(群馬大学)の報告では、「東日本大震災群馬県内避難者アンケート調査報告」(2012年8月
実施)の概要が発表されました。この発表で明らかになったのは、主に以下の四点でした。すなわち、@群馬県に避難
した世帯の多くは、群馬と福島を車で行き来しつづけていること。A一度入居した仮設住宅から転居できないという不
自由な状況に置かれていること。B震災直後に比べて無職の人が明らかに増加していること。C精神的・身体的な不調
を訴える人々が多いこと。
→このアンケートの詳細は以下をご覧ください。
http://www.si.gunma-u.ac.jp/kenkyu/121207nishimura_shiryo.pdf

  続いて、原口弥生准教授(茨城大学)から、「茨城県における避難者の現状と支援:東日本大震災による茨城県への
広域避難アンケート結果報告」と題する報告が行なわれました。避難世帯の9割が「避難指示区域」出身者で占められ
るという茨城県に固有の事情が紹介されたうえで、以下の四点に注意が促されることになりました。すなわち、@震災
直後に比べて、失職者が二倍以上に膨れ上がっていること。A家族同士や世代間で離散傾向が進んでいること。B原子
力損害賠償の申し立てに関して、東電から厳しい対応を受けている世帯が多いこと。C現在の仮設住宅は最低限の生活
の質が保証されておらず、借り換えを希望する声が相次いでいること。
→このアンケートの詳細は以下をご覧ください。
http://irs.reg.ibaraki.ac.jp/

  最後に、清水奈名子准教授(宇都宮大学)より「震災を受けての乳幼児保護者アンケート(栃木県北地域)結果報告」
(2012年7月実施、同年10月発表)の趣旨説明がありました。社会的に注目されていない栃木県北部の汚染の深刻さが
紹介されたうえで、以下の四点に関して指摘がありました。すなわち、@9割以上の回答者が、放射線量が下がらない
中での生活や子育てに不安を感じていること。A福島県以外の高線量地域の調査や情報が不足していること。B生産者
や観光産業が強い当該地域では、「風評を煽るな」という有形無形の圧力が強く、不安を感じていても声をあげにくい
環境にあること。C原発事故から一年半が経過するなかで、当事者たちに疲れや諦めの気持ちが広まっていること。
→このアンケートの詳細は以下をご覧ください。
http://cmps.utsunomiya-u.ac.jp/fsp/fsp-a20121024.pdf

2)福島乳幼児妊産婦ニーズ対応プロジェクト活動報告会
 第一部の後半は、福島乳幼児妊産婦ニーズ対応プロジェクト(FnnnP)、福島乳幼児妊産婦支援プロジェクト(FSP)
による二年間の活動について、代表、各拠点長、スタッフ、学生などの立場から振り返る場となりました。
 最初に、FnnnP代表の舩田クラーセンさやか准教授(東京外国語大学)より「設立背景と二年間を振り返る」と題す
る報告がありました。舩田教員は、原発事故後の情報が錯綜する状況の中で、家族の理解を得て関西に避難しました。
しかし被災のレベルが深刻で、避難先もなければ家族の共感も得られない当事者たちに思いを馳せ、ひとりの人間とし
て、母親として、大学人として何ができるのかを真剣に考えたと言います。こうして即座に立ち上げたFnnnPでは、当
事者のニーズを大切にすることを活動方針に据えることになりました。「逃げるべきか、留まるべきか」という「べき
だ論」を主張するのではなく、どこまでもひとりひとりの声に耳を傾け、いかなるものであろうと、当事者や家族自身
の決断に寄り添うことに軸足を置くことになったのです。開始当初は、学生ボランティアを中心とする活動に限ってい
たのですが、当事者が抱える課題の多様化、現状の深刻化・複雑化を受けて、避難世帯の近くでの活動を充実させるた
めに、栃木・首都圏に新潟・群馬・茨城の3拠点を追加し、各拠点に有給スタッフを配置するとともに、既存組織や行
政等の協力を仰ぎながら活動を展開してきました。また福島県内に留まる当事者の声に対応するために、同県の子育て
ネットワークの協力を得て、未就学児家庭300世帯へのアンケートを実施し、回答者のニーズに答える活動も同時併行
で進めてきました。時間の経過とともに問題が一層多様化してきたので、途中から当事者自身による相互扶助や組織化
を応援する方向性を模索し、セミナーの開催や「FnnnPママスタートアップ助成」まで手掛けるようになり、現在に至っ
ています。このような活動の広がりを無理なく維持していくためには、組織レベルでの運営を柔軟に進めなくてはなり
ません。そこで、「分散型・分権型」の運営を志向するとともに、事務局機能を強化し、何度もオフ会やスカイプ会議
を開きながら、情報共有とコンセンサスづくりに努めてきました。舩田教員は最後に、一番身近なひとに理解してもら
えない苦しみを抱える当事者たちが数多いなか、何よりも共感原理に基づいて、様々な人たちと手を取り合い、問題解
決に向けて活動していくことが重要であると締めくくりました。
 次に、阪本公美子教員、匂坂宏枝、田中えり(FnnnP Jr. 宇都宮大学学生ボランティア代表)による「FnnnP栃木拠
点」の活動報告が行なわれました。2011年4月に立ちあげられた栃木拠点の活動は、県内避難所での聞き取り調査、そ
れに基づく情報提供や物資提供、電話やメール相談を通じた早期避難支援の実践、専門家の紹介など多岐に渡りました。
また、同年6月以降は、福島県出身の学生ボランティアが中心となって、避難当事者同士の交流会を何度も実施する傍
ら、民間借上住宅をめぐるトラブルの相談にも個別に対応してきました。さらに同年半ば以降は、複数回の報告会の開
催を通して社会への発信に取り組むとともに、避難世帯の戸別訪問・安否確認、専門家を交えた相談会のセッティング
にも力を入れてきました。これらの活動を通して、いくつかの課題が浮上しています。すなわち、@現在も「避難の権
利」が保証されているとは言えないこと。A地域社会における避難者への理解がいまだに不十分であること。B当事者
の直面した問題(健康面、精神面、経済面、生活面など)が深刻であればあるほど、彼らの声が社会の中で共有しにく
くなっていること。
→FSP/FnnnP栃木拠点 http://sicpmf.blog55.fc2.com/   

  続いて、小池由佳准教授(新潟県立大学)、渡邊麻衣(新潟拠点スタッフ)が登壇し、「FnnnP新潟拠点」の活動を
報告しました。2011年7月以降、前拠点長の高橋若菜准教授(宇都宮大学)によって始められた「ママ茶会」の3つの
モットー(@「話す・聞く場」をつくる、A「子どもと離れる時間」をつくる、B地元の社会資源とつながる)が提示
されたうえで、少しでも避難母子の負担を軽減するために、カウンセラーや弁護士などの専門家を紹介し、既存の子育
て支援組織の主催による避難当事者の交流会を後方支援するなど、この拠点独自の活動の一端が紹介されました。小池
教員によれば、新潟県内の当事者が抱える不安や困難に耳を傾けてみると、二年前から根本的な解決を見ぬまま持ち越
されてきた問題ばかりであることに気づかされると言います。一方、民間借上住宅制度が強制的に終了されたことによ
り、福島に戻る人の数が次第に増加し、ますます県内の避難母子が点在化・孤立化する状況が差し迫っています。小池
教員は、「改めて当事者の声を真摯に聴く必要がある」と指摘したうえで、県内の支援組織が作成に関わったパンフを
紹介して締めくくりました。その二冊のパンフのタイトルは、以下の通りです。『福島県子どもの心のケア事業「母子
避難支援ガイド」 ママたちの声をかたちに』(ヒューマン・エイド22他企画、2012年12月発行)、『市民の手で作る
親子の居場所、子どもの居場所、わたしの居場所――経験者に聞く!立ち上げ準備マニュアル&エピソード集』(新潟
県立大学「新潟市少子化対策推進研究会」作成、2010年3月発行)。
→FnnnP新潟拠点http://d.hatena.ne.jp/fukushimamothers

  次に登壇した原口弥生教員、石川真由美(茨城拠点コーディネーター)、大高千佳(FnnnPJr. 茨城大学学生ボラン
ティア)からは、「FnnnP茨城拠点」の活動報告が行なわれました。茨城県は、地震と津波による県内被災者が2,000名
程度にのぼることもあって、県外からの避難者への行政支援が極めて手薄な状態です。同拠点ではこの現状を打開する
ために、当事者の交流の場としての「茶話会(ママパパカフェ)」、当事者とマスコミ関係者の意見交換の場としての
「マスコミ座談会」、当事者による要望を受けての「原発事故子ども・被災者支援法」セミナー、避難家族の子どもた
ちと学生ボランティアが協力してつくりあげた「キッズ・クッキング会」や「夏休み学習支援プログラム」など、独自
のイベントを企画・運営してきました。すでに茨城県では4つの当事者グループが立ちあがっており、これらのグルー
プの後方・双方向支援をすることが、現在の同拠点の活動の支柱となっています。原口教員によると、震災から二年の
歳月が経過するなかで、ますます個別のニーズが多様化・複雑化しており、当事者グループとのコミュニケーションの
取り方に一層の配慮が必要になっているようです。いわゆる「緊急対応策」ではなく、中長期的なビジョンに基づいた
対応を模索していかなければならない、との見解が示されました。
→FnnnP茨城拠点http://d.hatena.ne.jp/fukushimaneeds-ibaraki/

 群馬拠点長の西村淑子教員からは、2011年8月に立ちあげた「FnnnP群馬拠点」の活動内容に関する紹介が行なわれま
した。法律学を専門に研究してきた西村教員にとって、当事者支援やアンケート調査などの活動は、すべてが初めての
経験ばかりだったそうです。避難世帯が群馬県内のどこに住居を得ているのかさえも判然としなかったので、当初は市
町村を通じてお知らせを配布し、連絡の取れた各家庭を学生たちといっしょに戸別訪問するところから出発しなければ
なりませんでした。同拠点はこのように避難当事者ごとに異なるニーズを把握する一方で、他の拠点にはない特色ある
企画を主催することにもなりました。すなわち、@元放射線医学総合研究所の崎山比早子氏を登壇者に迎えた講演会
「放射線と子どもの健康」(2011年12月6日)。A当事者自身が直に公衆の前で避難経験を語る講演会「避難者が語る、
避難生活・子育て・帰郷」(同年同月同日)。B水俣学研究者の丸山定巳氏を迎え、水俣病や足尾鉱毒事件の歴史から
3.11の出来事を捉えなおす講演会「私たちは福島にどう向き合うべきか――過去から現在、未来を学ぶ」(2012年5月
21日)。C福島県外の各地域における放射線防護の取り組みを紹介した講演会「放射能から子どもを守るパパママサミ
ットinぬまた」(2012年12月6日)。DOur Planet TV代表の白石草氏を迎えて、原発事故に関するテレビ報道の検証を
行なった講演会「東日本大震災とメディア」(2012年12月7日)。E避難者アンケート及び聞き取り調査の結果と学生
ボランティアの活動を報告した「東日本大震災避難者調査等報告会」(同年同月同日)。
→FnnnP群馬拠点http://d.hatena.ne.jp/gunma2011/

 「FnnnP首都圏」の活動に関しては、コーディネーターの堀ひとみ、学生ボランティアの田村銀河、柴田夏帆、中村
育実、古橋櫻子、田中綾音、鈴木香穂里によって報告されました。堀コーディネーターによると、2011年4月、舩田ク
ラーセン教員と学生たちは、首都圏内の避難所訪問を通して、福島から避難してきた妊産婦たち、乳幼児を抱える母親
たちの多様なニーズへの対応の必要性を痛感したと言います。以来、外出する母親たちの代わりに子どもを一時預かり
する「保育チーム」、足りない家財の収集を担当する「家財チーム」、引越業者や見積もりの比較を担当する「引越
チーム」、全国自治体から住宅情報を集めてデータベース化する「住宅マッチングチーム」が編成され、およそ二年に
渡る活動を展開してきました。この活動の傍らでFnnnP首都圏が最も力を注いできた取り組みは、全10回の「とうきょ
うわくわくえんそく」でした。この企画は、母親たちが避難を決断したのは「子どものため」である以上、「お母さん
をサポートします!」と言うよりは、「お子さんたちを遊ばせましょう!」と伝えたほうが参加しやすいのではないか
という考えに基づくものでした。「子どもの遊び」を重視しつつ、避難母子の出会いと情報共有の場を提供することを
目的としたこの取り組みにおいては、原発事故後の問題が長期化するなか、引越・保養相談や就業支援なども同時に手
がけることになりました。結果として、のべ百数十名もの家族が参加したという事実は、この企画の大成功を物語って
いると言えるでしょう。イベントの開始当初は、もともと福島での車生活に慣れていたため、首都圏の満員電車の中を
ベビーカーを押して移動することに戸惑いを覚える人も多かったと言います。また避難生活が長引けば長引くほど、子
どもの成長に不安を抱く当事者も相次ぐようになったので、子どもの発達に関する専門家を招いて、どのように対応す
べきかをめぐるレクチャー会も開催することになりました。母子が一対一で対峙し続ける孤立生活に疲れ、DVの危機に
直面するケースや、家族との離れ離れの生活を通して離婚を覚悟するケースも見られたため、そのような場合は拠点を
挙げて個別具体的に対応するように心がけたと言います。一方、学生ボランティアたちの眼から見たFnnnPの活動は、
「ヒトを大事にする」ところに大きな魅力があるという話も紹介されました。直接の「被災者」ではないにもかかわら
ず、避難家族を訪問したり支援したりすることに、初めはジレンマやためらいを感じることもあったそうですが、若者
もまた、原発事故に関しても「子どもの保育」に関しても当事者であるという考えに立って、手探りで活動を進めてき
ました。最後に、この問題が若者の間で全く語られないという現実を受けて、学生たち自身が活動を通して感じたこと、
学んだことをもっともっと語っていかなければならない、という決意が語られました。
→FnnnP首都圏http://fukushimaneeds.blog50.fc2.com/

 次いで、FnnnPアドボカシー担当の中山瑞穂から「当事者団体支援・市民連携の重要性」と題する発表が行なわれま
した。中山担当によると、当事者の火急のニーズに対応しなければならなかった原発事故直後とは異なり、各地で支援
団体が発足し、当事者の組織化も進んだ現在は、支援のあり方そのものが新たな局面に差しかかっています。特に打開
すべき目下の課題としては、以下の四点が挙げられました。すなわち、@異なる支援団体による似たような活動が重複
する一方で、必要情報の一元化や、ノウハウの有効な共有が図れていないこと。A支援団体の活動の大半はボランティ
アによって支えられているため、4大資源(ヒト・モノ・カネ・情報)が不安定なままで、長期的に本腰を据えた支援
の実現が難しいこと。B福島のみならず、東北や関東の全域で避難を決意した当事者は、いわば国策の被害者であり、
国による政策的な対応が不可欠であること。Cとはいえ、国の動きを待っていては埒が明かないので、福島の内外で市
民が横断的につながる必要があること。この4つ目の考え方に基づいて設立された「原発事故子ども・被災者支援法市
民会議」は、汚染地に留まる人も、そこから避難する人も、分け隔てなく支援することを謳った「原発事故子ども・被
災者支援法」の実効化に向けて、目下活動を展開中です。当事者たちの権利の行く末は、この法律に関する社会的周知
が大きく関わってくると言えそうです。→原発事故子ども・被災者支援法市民会議http://shiminkaigi.jimdo.com/

 最後に、FnnnP移住・保養担当の森下敬子のメッセージが、コーディネーターの堀ひとみによって読み上げられまし
た。森下担当が、約二年に及ぶ保養支援活動を通して実感したのは、保養は単なる被曝の軽減だけではなく、以下の4
点においても「効果」があるということでした。すなわち、@放射能への不安を抑え込み、我慢を重ねてきた母親たち
が、安心して気持ちを開放できること。A保養先で出会った母親たち同士で、周囲には言えなかった気持ちを互いに共
有できること。B保養先で初めて、家族でゆっくりと原発事故以降に溜めこんできた気持ちを分かちあえること。C保
養がきっかけとなって、それまではハードルが高く思われた避難を決断できるようになること。森下担当は以上の「効
果」について説明したうえで、チェルノブイリ原発事故後のベラルーシでは国を挙げての保養支援体制が整備されてい
るのに対して、日本では「保養」という考え方すら知られていないことに疑問を投げかけました。

●第二部――討論会
1)討論会「原発事故から2年が過ぎ、私たちは今、これから、何をすべきか?」
 第二部ではパネリストの皆さんをお迎えし、第一部の報告会を踏まえながら、ますます多様化・複雑化する原発避難
問題に関して意見交換の場が設けられました。パネリストとして登壇したのは、四井康子さん(ふくしまキッズカフェ
代表)、二瓶和子さん(Snow Drop代表)、河ア健一郎さん(福島の子どもたちを守る法律家ネットワーク(SAFLAN)
共同代表)、西崎伸子さん(福島大学准教授/福島の子ども保養プロジェクトアドヴァイザー)、樋口葉子さん(ふく
しま子育て支援ネットワーク代表世話人)、佐藤伸司さん(福島県子育て支援課)、重田康博教授(宇都宮大学)、合
計7名の方々です。
 まず、ファシリテーターの舩田クラーセン教員から、この7名の方々に向けて、次の二つの問いが投げかけられました。
@原発事故から二年が経った今、一番の課題は何だと考えるか? Aその課題を乗り越えるにはどうすればよいか?
一つ目の「原発事故から二年が経った今、一番の課題は何だと考えるか?」という問いに対しては、各パネリストから
以下のような回答がありました。

 四井:茨城大学主催の交流会で、土浦市に避難した福島のお母さんたちと知り合い、三か月前に「ふくしまキッズカ
フェ」という自助グループを立ちあげた。いまはすべてが暗中模索で、「自立」というには程遠い現状だ。それでも土
浦市はFnnnP茨城拠点(水戸市)から離れているので、なんとか自分たちの力で避難世帯の声をまとめて、復興庁や福島
県に届けるように努めてきた。土浦市に避難した子どもたちに対する福島県からの教育支援が薄いと感じている。「ど
こに行けば担当の先生に会えるのか」という情報もなくて、長い間困っていた。後になって、教育委員会が市を跨いで
活動してはいけないという事情があることを理解したけれども、もっと情報の周知をしてほしかった。

 二瓶:自分が避難先に選んだ東京都の練馬区では、福島から自主避難した家族が見つからず、ずっとひとりだった。
そんな時、首都圏の茶話会に参加したことがきっかけで、子どもも連れていけるFnnnPのイベントがあることを知り、
ようやく避難母子たちと出会うことができた。その後、どんな逆境のなかでも希望に向けて自立しようという気持ちを
込めて、2012年12月から当事者グループを立ち上げた。まだ手探りの状態だが、アクセサリーづくりを通して避難ママ
たちとの交流を図り、少しでも楽しい時間を共有できるよう心がけている。

 樋口:避難している人と避難していない人の関係をどうするかが大きな課題だと考える。福島には「本当にここにい
ていいのだろうか?」と悩む人たちもたくさんいる。その一方で、避難先から福島に戻ってきた人たちの孤立化もたい
へん心配している。福島県内の除染が進まず、汚染物の置き場が決まらない現状を考えると、課題は山積みというほか
ない。「原発事故子ども・被災者支援法」が成立したのはよかったと思うが、現実には全く機能していないという問題
が残っている。

 西崎:外見上の比率で言えば、福島県外に避難した人は1割、福島県内に留まった人は9割とされているが、実際に
はこの二分法に収まらない流動層がいることを強調しておきたい。何年先でもいいので「避難したい」という人たちも
いるし、今年の3月には、たくさんの人が避難先から福島に戻ってくるからだ。これまで手がけてきた「福島の子ども
保養プロジェクト」を通して浮上した課題は無数にあるが、この場では3点だけ挙げておきたい。すなわち、@福島県
内の多くの子どもたちが、外遊びも散歩も満足にできていない状況が続いていること。A国が定めた「100ベクレル/kg」
という基準値以下のデータが全く伝わってこず、当事者における食や飲料水への不安がますます高まってきていること。
Bお母さんたちの交流や相談の場が限られている一方で、行政からは縦割りの対応をされる状態が続いていること。

 佐藤:まず、避難先から福島に戻る人たちは、大きな不安を抱えているのではないかと思う。周囲の人たちとの関係
が変わってしまっている可能性もあるし、避難先では受けられていた支援が行き届かなくなる恐れもある。次に、まだ
避難している人たちへの支援体制をどうするかという課題がある。福島県だけでできることには限界がある。被災者の
声を踏まえて、県から国に要望を届けることで、被災者を支える仕組みを作っていく必要がある。こうした取り組みを
通して「避難の権利」を確保するのは、大切なことだと認識している。第三に、「除染は進んだのか? 放射線の影響
はどうなのか? 3.11直後に比べて、どのように変わったのか?」という質問をしばしばいただくのだが、福島県の発
信している情報が被災者の元に届いていないと感じる。例えば放射線に関しては、震災直後のように全く何も分からな
いという状態ではない。ひとつひとつデータを積み上げていっている状況であり、中には、幸い危険性が低いことを示
すデータも出ている。県内外に対して、福島県で安心して暮らせるための情報を提供することに、積極的に取り組んで
いかなければならないと感じている。

 河ア:被災者個々人に対する国からの支援が不足しすぎている。すでに「原発事故子ども・被災者支援法」は成立し
て半年以上が経ったにもかかわらず、法律上作成が義務づけられている「基本計画」は骨子すら見えてこない。1月末
に閣議決定された今年度予算にも、支援法関連の予算がついていない。なぜかと聞くと、「基本方針」が出来ていない
からだという。基本方針を作成するのは復興庁。これでは復興庁のサボタージュと言わざるを得ない。

 次に、舩田クラーセン教員による二つ目の「その課題を乗り越えるにはどうすればよいか?」という問いに対しては、
各パネリストから以下のような回答がありました。

 四井:専門性を求めたい。本当に知りたいことを端的に分かるように当事者に伝えてほしい。避難生活によってお金
だけでなく多くのものを失った。子どもを三人育てながら、さまざまな窓口をたらい回しにあうのは苦しい経験だった。
教育に関してはどこに行けばいいのか、賠償に関してはどこに行けばいいのかというきちんとした説明を果たしてくれ
る窓口がほしい。また、専門家たちは、当事者の意見を汲み取るように努力してほしいとも思う。私たち自身にできる
こととしては、茶話会の開催に合わせて、メンバーといっしょに(活動の資金集めとして)マスクづくりに取り組んだ
りしている。

 二瓶:私もやはり専門性を求めたい。「原発事故子ども・被災者支援法」に関しても全く進んでいないし、交流会を
していても「この先、どうなってしまうんだろうね?」という話をするだけで終わっている。東京に避難している当事
者のなかには、子連れで様々なイベントに参加することは、「子どもを巻きこみ、犠牲にすることだ」と感じている人
たちもいる。厳しい二重生活が続くなか、だんだんみんなで集まる機会も減ってきているのが現状だ。

 樋口:お母さんたちは、いつでも相談できる人と場所を求めている。「県内に留まった人か、県外に避難した人か」
ということに関係なく、24時間相談できる場所をつくらなければならない。いま、行政が開設している心のケアセンター
は、最も需要の高い土・日が休みで意味がない。とはいえ、行政と民間は、「子どもを第一に考える」という共通の目
的に向かって、これまでとは違う新しい関係を築いていくべきだろう。来年度以降の体制づくりに向けて、提言を行なっ
ていきたい。

 西崎:福島県内の子どもたちが外遊びできるようにするにあたって、屋内施設の新設の必要性が訴えられているが、
ハードを増やしても意味はない。むしろ、いまある体育館などを有効活用すべきだと思う。それから、食や飲料水に関
して、行政はきちんとデータを開示してほしい。コミュニケーションの取り方以前に、コミュニケーションをしようと
いうつもりがあるのか疑問を感じている。そのことによって、「このデータは本当ではないのではないか?」という不
信感が高まっているのが現状だと思う。紙切れ一枚の通知で済ますのではなく、「自分の声を聞いて!」という母親た
ちの内奥からの叫びに耳を傾けてほしい。

 佐藤:福島県から避難した家族の行き先は、日本全国46都道府県に及んでおり、福島県や県内市町村だけで対応する
のはどうしても限界がある。継続的な支援体制を作っていくためにも、避難先の自治体や市民団体の協力が不可欠であ
り、福島県から支援団体への補助事業に引き続き取り組んでいきたい。一方、避難先から福島県内に戻ってきた人たち
をサポートするために、県内での交流の場づくりにも取り組む必要があると考えている。また、「紙切れ一枚の通知で
済まさないでほしい」とのご指摘があったが、福島県としては、客観的なデータをそのままお知らせし、個々人に判断
を委ねてきた部分がある。分かりやすく発信してしまうと、情報を正確に伝えられないという危険性があるため、伝え
方が非常に難しいと感じている。今後どのように情報を伝えていくかということは、県としての重要な課題である。

 河ア:被災者の中での分断と対立が深刻化しているように感じる。しかし被災地に留まる人であれ、そこから避難す
る人であれ、「被曝を避ける」という目的においては、誰もが一致しているはず。対立しあっている場合ではないと訴
えたい。なお、役所に対して物を言えるのは議会や議員である。この意味で、政治家の皆さんを動かすという観点の重
要さも強調しておきたい。

2)フロアーからの声
 川田龍平(参議院議員):現在、「子ども・被災者支援議員連盟」には90名の政治家が名前を連ねている。自民党の
議員を中心に少しずつ数が増えているので、少なくとも100名までは行きたいと考えている。薬害エイズ事件の当事者
として確信を持って言えることは、この種の大きな社会問題を打開していくためには、マスコミ、世論、政治家を動か
さなければならない。政治家である自分としては、議員の関心を促すようにしていくつもりだが、市民の側からもマス
コミを巻きこんだり、予算委員会で取り上げられるよう各党に接触したり、復興庁の大臣・副大臣・政務官など力のあ
る政治家たちを動かしたり、もうすぐ選挙を迎える参議院議員に戦略的に働きかけたりしていく必要があると思う。な
お、「子ども・被災者支援法ブログ」の最下段には、意見投稿欄が設けられているので、ぜひそこから意見を投稿して
ほしい。国の委託で24時間相談できるホットライン(tel:0120-279-338)も開設されているので利用してほしい。
→子ども被災者支援法ブログhttp://blog.kodomoinochi.net/

 「群馬つどいの会」メンバー:群馬県太田市には300人の避難者がいて、月3回のペースで避難者交流会を開催してい
る。最近、精神的な障害を訴えるケースが、お年寄りや男性にも多く見られるようになった。避難当事者の居場所づく
りを進めるために、農園を開くことにした。「みんなお互いさま」の気持ちで、自分たちの力で物事に取り組んでいく
ことが大切だと感じるようになった。

 「福島避難母子の会in東京」メンバー:「福島避難母子の会in東京」という自主避難当事者団体は、来月で開設一周
年を迎えようとしている。自分は郡山から東京に避難し、このグループに参加して、サロンの運営やワークショップの
開催を担当するようになった。グループの参加者は40人から50人で、いまもメンバーは流動的だ。前向きに暮らしてい
る人もいれば、「3.11から時間が止まってしまった」とこぼす人もいる。グループの事務局も当事者自身で運営してい
るので、時にはメンバーのみんなの気持ちを受け止めきれず、手一杯になることもある。

 山根純佳教員(山形大学):福島からの避難者を最も多く受け入れてきたのが、山形県だ。ただ、山形県内への避難
者の3分の1は、この3月で福島に戻るのではないかと予測されている。しかし、彼らが戻るのは、決して放射能への不安
がなくなったからではない。子どものクラス替え等を考慮して、福島にどう統合されるか、それを考えての帰還である
ということに目を向ける必要がある。

 手塚真子(「那須塩原放射能から子どもを守る会」代表):那須塩原市は、福島県外で最も線量の高いところだ。と
ころが、国が県単位で線引きをしているため、地元住民のなかに「当事者」感がない。農業生産者が多い土地柄なので、
放射能への不安を語りあう場や雰囲気がとても薄い。汚染の事実を訴えるだけで「風評被害を煽っている」と煙たがら
れる実情がある。放射能の危険性を伝える啓蒙活動が必要だと痛感している。

 花田教員(水俣学研究センター長):「福島」の問題は、被害者への差別があるという点で、「水俣」の問題と非常
に似ている。水俣では、問題の露見から57年経った今でも、外からの水俣病患者への差別がある。なお、「専門性を求
めたい」という発言があったが、その「専門家」がどれだけ悪いことをしてきたかという点にも注意する必要がある。
やはり、市民自身が、みずから「専門家」になっていくしかないと私は思う。

3)感想
 四井:今日は、ふだん口にしないことを発言できて嬉しく思った。いま、私たち自主避難者は、プライバシーを切り
売りしてでも、目立っていかなければならない状況に置かれている。みなさんには、震災前には普通の「お母さん」に
過ぎなかった人たちが、人前に出なければならなくなった事情を想像していただきたい。

 二瓶:福島から避難してきたお母さんたちだけでなく、関東にも不安な生活を送っているお母さんたちがたくさんい
るのではないかと思う。そのことをどうか忘れないでほしい。

 樋口:今回、FnnnPのアンケート調査や、プロジェクトに賭ける思いを知ることができて、とても嬉しかった。「地
域の子どもは、地域の私たちが守るよ!」というメッセージを多くの人に伝えたい。避難した母親たちの生の声を聞い
て、人としてやらなければいけないことは何なのかを皆さんにも考えていただきたい。

 佐藤:被災三県(宮城、岩手、福島)の中で、福島だけが「復興」に向かって一つになって進めていないと感じてい
る。本来なら「福島で生活をしている人」も「避難している人」も同じ福島県民であり、区別すべきではない。もし両
者の間に溝ができてしまっているとしたら、それは不幸なことであり、あってはいけないことだ。その溝を解消するた
めにも、子育て家庭への支援に力を入れていきたい。

 西崎:この問題は、長期戦になる。「福島県」という限定的な問題ではなく、「全体」の問題としてとらえることが
必要だろう。以前、熊本学園大学の水俣学研究センターを訪問した時に印象に残ったのは、五十数年にも及ぶ切実な問
題と直面してきたにもかかわらず、市民と学者がいっしょになって、生活に必要な知識を真摯に学び続け、しかもとき
にはユーモアを発揮していることだった。まだ、あの原発事故から二年しか経っていない。ユーモアを忘れず、団結し
てこの問題に立ち向かっていきたい。

 河ア:放射性物質の拡散は県境に添って起こったわけではないのだから、これは決して「福島」だけの問題ではない。
また、被災地からの避難者は日本全国に散らばっている。こう考えてみると、福島県の声だけではなく、広域での避難
者の受け入れ自治体の担当者たちも一同に会せるような場所づくりが必要ではないかと感じる。また、被曝の問題は簡
単に答えることのできない難しい問題。客観的なものをベースにしながら、主観的なものを共有していく仕組みも作っ
ていかなければならない。

 舩田クラーセン:この問題を語ることそのものが難しいという現状を、なんとか取っ払いたい。恐れずに、どんどん
語り合いましょう。また、「誰もが当事者である」という気づきも大切。原発事故による避難家族の抱える問題は、ま
すます深刻化している。会場アンケートで「自分には何が出来ますか?」という質問が寄せられたが、一人の人間、有
権者、納税者、市民として、できることはいくらでもあると思う。立場は異なっても、子どもたちの未来のためなら、
一丸となれるはず。今日、この報告会をそれを確認する場に出来たとしたら、これ以上の喜びはない。

4)閉会の挨拶
 重田:今回、大規模なアンケート調査を通じて避難当事者のニーズを把握し、各拠点ごとに展開してきた活動が、一
定の成果を出したのではないかと思う。しかし、本当の正念場はここから始まるだろう。「原発事故子ども・被災者支
援法」をどう実効性のあるものにしていくか、そして当事者をどのように支援していくかが問われることになるだろう。
単に大学教員が駆け回るのではなく、マスコミ、政治家、市民、当事者の皆さんにもぜひ協力を願いたい。







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