イベント報告

<連続市民講座「多文化共生について考える」vol.8>

 

日時:2013年10月28日(月)18:00〜20:00
場所:宇都宮大学峰キャンパス地域連携教育研究センターA講義室

演題:「映画が写す世界の複数性――Image.Fukushimaの上映運動」
講師:三浦哲哉(青山学院大学准教授)

プロフィール:
1976年 郡山生まれ。映画評論家、Image.Fukushima代表。
2013年より現職。
著訳書に『サスペンス映画史』(単著、みすず書房)、『ひきずる映画』(共著、フィルムアート社)、『これからどうする 未来のつくり方』(共著、岩波書店)、『ジム・ジャームッシュ インタビューズ』(翻訳、東邦出版)。現在、『キネマ旬報』で新作映画レビュー連載中。

主催:宇都宮大学国際学部付属多文化公共圏センター
共催:Image.Fukushima実行委員会
チラシ:
http://www.kokusai.utsunomiya-u.ac.jp/whatnew/img/20130911.pdf

    


                      講演会の様子


「映画が写す世界の複数性――Image.Fukushimaの上映運動」
記録:田口卓臣


●問題意識
 三浦哲哉さんは講演の冒頭で、「東日本大震災と原発事故によって、世界の見え方はどう変わったか」、とりわけ「福島を取り巻く状況や問題をどのように分かち合うことができるのか」という問いを提示しました。映画を専門に研究してきた三浦さんにとって、Image.Fukushimaの上映運動はこのような問題意識から出発するものだったといいます。


・Image.Fukushima http://image-fukushima.com/


●Image.Fukushimaとは何か?
 Image.Fukushimaとは、震災後に発足した映画上映プロジェクトです。三浦さんの紹介によると、首都圏の映画関係者、福島の映画館「フォーラム福島」の関係者などがメンバーとなって、2011年8月から全9回のイベントを開催してきたといいます。原発や公害を主題とするフィルムの上映に加え、各分野の専門家たちの解説を交える形で進めてきたこのイベントを通して、Image.Fukushimaのメンバーたちが一貫して問い続けてきたのは、「福島」のことを「Image.=想像しましょう」という理念でした。

『原発切抜帖』(土本典昭監督、1982年)、『海盗り』(土本典昭監督、1984年)、『ミツバチの羽音と地球の回転』(鎌仲ひとみ監督、2012年)、『わが谷は緑なりき』(ジョン・フォード監督、1941年)、『エドワード・サイード:Out of Place』(佐藤真監督、2005年)、『阿賀に生きる』(佐藤真監督、1992年)など――近代技術社会以降の歴史の明暗を深くえぐり取る傑作群を上映してきたImage.Fukushimaですが、その活動の方針は、「歴史の再構成」と「眼差しの倫理を問い直すこと」という二つの柱で支えられてきたということです。では、この二つの柱とは、具体的にはどのようなものなのでしょうか?


●歴史の再構成
 三浦さんはまず、「歴史の再構成」という観点を持つようになった経緯を、原子力発電環境整備機構(NUMO)が制作したCM映像を分析しながら、次のように説明します。すなわち、3.11後、この原発推進CMに出演した女優の岡江久美子さんがバッシングの対象になったけれども、事故の前なら、誰もがそこで語られている事柄の上に安住していたはずである、と。日本人はずっと右肩あがりの成長モデルを自明視しつづけてきたし、原発はこの危うい成長モデルを体現する一種の「打ち出の小槌」でもあった。ところで、それがどんなに無根拠であるかを痛感したとき、分かりのよい大きな物語の陰で埋もれてきた、ローカルで部分的な歴史のことが気になり始めたのだ、と三浦さんは語ります。


・原子力発電環境整備機構 http://www.numo.or.jp/

 それにしても、この埋もれてきた歴史をどのように発掘し、どのようにそこに光を当てればいいのでしょうか? 三浦さんはここで、Image.Fukushimaの活動でも上映した土本典昭監督の傑作『原発切抜帖』(1982年)を取り上げます。広島の原爆投下、アメリカのスリーマイル原発事故をめぐるその映像は、3.11後の混乱状況と驚くほど酷似しているのですが、三浦さんが特段の注意を促すのは、新聞記事を「切り抜く」というこの実験映画の振る舞いそのものです。この土本監督の最高傑作には、無数の記事で埋め尽くされた新聞紙から、ひとつひとつの出来事を「切断」し、それらを「編集」し、いまだかつて語られたこともない歴史を「再構成」するという方法のイメージが凝縮されているのです。Image.Fukushimaの上映運動は、まさにこの土本監督の手法にインスピレーションを得て、これまで忘れ去られてきた映画作品のひとつひとつを取り集め、再提示する試みを目指すことになったわけです。


・『原発切抜帖』 http://www.cine.co.jp/detail/0024.html


●眼差しの倫理
 一方、三浦さんが「眼差しの倫理」に関してくりかえし強調したのは、「両義的な現実を両義的なままで示し、ひとつの「物語」に回収することなくみつめる」という姿勢の重要性でした。3.11後に目撃することになったのは、福島への偏見、誤解、レッテル貼りに基づく差別発言のオンパレードに加えて、「原発に賛成するのかしないのか」、「放射能は危険なのか安全なのか」という論点に関して、みずからの見解を押し通そうとする一方的な姿勢ばかりでした。そこに欠けていたのは、両義的な現実を前にして、いったん判断を保留し、複雑な物事をありのままに直視しようとする批判的な態度だったのではないか、と三浦さんは問いかけます。

 「眼差しの倫理」に最も意識的な映像と言えるのは、松林要樹監督のドキュメンタリー映画『相馬看花』です。2011年4月3日から南相馬入りした松林監督は、住民たちと寝食を共にしはじめます。松林監督は「取材」という目的を設定することなく、住民たちのものの感じ方そのものを共有しようとするのです。そのような監督のスタンスによって、上質のドキュメンタリー作品ならではの偶然の出会いが重なり、「福島」をレッテルから解放するユーモアに溢れたシーンの撮影が可能となりました。松林監督の映像を観る者は、その土地がどれくらい汚染されているのかなどということは、もはや本質的な問題ではないことに次第に気づかされていきます。生身の人間が、独特のローカルなリアリティーのもとで、力強く生きているということに目を啓かれることになるのです。『相馬看花』は、どこまでも福島に寄り添いながら、福島の視点から福島を描いた傑作にほかならない、と三浦さんは言います。


・『相馬看花』 http://www.somakanka.com/


 また、藤井光監督のドキュメンタリー映画『プロジェクトFUKUSHIMA!』では、遠藤ミチロウ、和合亮一、大友良英といった福島出身/在住の詩人やアーティストたちの活動が丁寧に紹介されています。「世界へ向けてFUKUSHIMAをポジティヴに変換していく」という理念のもとで立ち上げられたこの活動において、三浦さんはとりわけノイズ・ミュージシャン、大友良英の加入に注目します。状況音とノイズ音楽という、通常は同期するはずのない音同士を出会わせる大友良英の音楽活動は、すべてがバラバラに解体してしまった福島において、ひととひとはどのように出会いなおすことができるのかを真摯に問い直す高みにまで達しているからです。


・『プロジェクトFUKUSHIMA!』 http://www.pj-fukushima.jp/events/-fukushima.php


●地図をつくること
 ユニークな試みは、テレビ・ドキュメンタリーの分野でも実践されました。その最高の成果は、何と言ってもNHKのETV特集『ネットワークで作る放射能汚染地図――福島原発事故から2か月』でしょう。この番組を制作した七沢潔ディレクターは、ひとりの科学者、木村真三氏の勇気ある行動にカメラを向け続けます。東海村原発臨界事故、チェルノブイリ原発事故に際して放射能汚染の測定を続けてきた木村真三氏は、3.11後、その豊富な実績をいかすために、「測るな」という厚生労働省を辞し、知り合いの科学者たちと連携して、独自の調査を開始しました。「パニックを避けるため」という口実のもとで情報をひた隠しにする国の姿勢とは対照的に、木村氏が示したのは、自分の頭で考え、自分の手足を使って新たに「地図を作る」という試みでした。三浦さんは、こうした木村氏の独立独歩の姿勢、そしてその姿を映像へと昇華するドキュメンタリーの試みに、3.11後に登場したポジティヴな動きを見出します。


・『ネットワークで作る放射能汚染地図』 http://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2011029206SA000/


●当事者性とサスペンス
 三浦さんによれば、3.11と福島原発事故後の一連の経緯は、日本国民の誰もが実は「当事者」であったこと、しかも誰もがみずからの当事者性を恒常的・集団的に忘却し否認してきたことを明るみにしました。この点に関して記憶に新しいのは、2011年秋、関東地方の民家から大量のストロンチウム90が検出された事件です。後の調査を通して、それが実は1960年代の原水爆実験時代に降下したものであることが判明しました。ずっと気づかずに暮らしていたその家の住民のあり方は、私たち全員に通底する問題を指し示しているのではないか、と三浦さんは続けます。

 ある瞬間、自分はずっと前から当事者だったのだと認識すること――三浦さんのご専門である映画史の観点から言えば、このような認識のあり方は「サスペンス的」と言い換えられるでしょう。「サスペンス」とは、単になんらかの衝撃的な事件に出くわす「サプライズ」とは異なり、近代技術社会の構造によって条件づけられた私たちの宙吊りの生を確認するという、より根源的な認識のあり方を指しています。近代以降の人間は一貫して潜在的な危機のうえで生きていて、しかもそのことを「事故」のときに初めて強く意識するのです。


・三浦哲哉『サスペンス映画史』(みすず書房) http://www.msz.co.jp/news/topics/07685.html


●私たちに何ができるか?
 見えない放射能汚染の未来はどうなるのか? そのことに怯える福島県内の母親たちはどうなるのか? いやそもそも、物理的、精神的、経済的に多くの被害を蒙りつづけてきた福島から離れた場所で、私たちは何をどのように分かち合うことができるのか?――講座のクライマックスにおいて、三浦さんはこのような問いを立て直します。簡単なブレイクスルーはありえないと前置きしたうえで、これまでの話の内容をパラフレーズしながら、三浦さんは次のように締め括りました。

 第一に、同じ苦痛を共有することはできないにしても、少なくとも、複雑なものを決して単純には語るまいとする「眼差しの倫理」を分かち合うことはできる。

 第二に、公的な歴史の過程で埋もれてきたもの、忘れ去られてきたもの、あるいは見えないままにされているものに意識を持ち、それに地道に光を当てていくことはできる。

 そして第三に、ひとの言いなりになるのではなく、自分の頭で考え、自分の手足を使って、「新しい地図をつくる」ことはできる。ここでいう「地図をつくること」とは、いわゆる汚染マップを制作するというに留まらず、大量に流通している情報のなかから、独自の問題意識をもって主題を切り離し、それを編集し、世界の見え方に何らかの変容を迫るような、歴史を再構成する営み全般のことを意味しています。

 3.11の衝撃のなかで、原発に関する公的な歴史観の地平に開いた風穴は、今また「日本はひとつである」とか、「日本は強い国である」といった新たなファンタジーのカーテンによって閉ざされようとしています。Image.Fukushimaの運動を通して、またそこで取り上げた映像作品の分析を通して三浦さんが語る言葉は、そんな口当たりのよい幻影のメッセージに対して、静かに疑問を投げかけます。大文字の言葉では汲みつくせないこの世界の複雑な現実の中にいざなってくれる、本当に素晴らしい講演でした!


●会場からの質問
 講演の終了後、会場からは多数の質問が寄せられました。それらのうち、三浦さんが講演の中では特に言及しなかった事柄に限定して、報告することにします。

 まず、「最大級の苦痛を味わってきた福島の人々と何かを分かち合うことが本当にできるのだろうか? そこにはこちら側の思い上がりが混ざっていないだろうか?」という趣旨のストレートな質問がありました。これに対しては、「確かにImage.Fukushimaの上映は、ある程度の距離感があったからこそ、できたものかもしれない」という三浦さんからの回答がありました。そのうえで、2011年8月に福島で開催したイベントでは、社会学者の開沼博さんが、会場に来ていた飯館村の住民から怒鳴りつけられる一幕があったというエピソードが紹介されました。まったく立場の異なる人同士の分断や対立は、事故直後から継続中ですが、それでも火種を避けるために被曝の話題をタブー視することには疑問の余地がある、という見解も補足されました。

 次に、国や政府に対する見方が大きく揺らいだこの間の経緯を受けて、「どのように情報隠しをするこの国のあり方に対峙すればよいのか?」という質問が寄せられました。これに対しては、「これまでの社会運動に不足がちだったのは、ユーモアと笑いではないか?」という観点が示されました。ひとは笑うことで、状況に対する距離感ばかりでなく、状況の中での自己自身のあり方をめぐる批判的な距離感も獲得することができます。三浦さんは、そんな笑いと風刺精神に満ちあふれた劇映画『東京原発』(山川元監督、2004年)をぜひ見てほしい、と結びました。


・『東京原発』 http://www.bsr.jp/genpatsu/main.htm


 第三に、「ひとことで「地図をつくる」とはいっても、ひとは自分に都合のよいものだけを集めようとする性癖があるのではないだろうか?」という疑問が寄せられました。三浦さんは、なるほどその側面は否定できないと認めたうえで、いかにしてファンタジーになびきやすい自分から脱するかがカギになるのではないか、と答えました。テレビと映画というジャンルの違いで考えると、撮影にも編集にも上映形態にも、手仕事としての濃密な時間を注ぎ込む映画というジャンルには、そのジャンルに特有の批評性というものが内在しています。テレビにもいい番組はあるけれども、できれば映画をたくさん見ること、しかも同じ作品を多くのひとと一緒に見て、臆することなく自分の意見や見方を話し合ってみること――どんなに遠回りに見えるとしても、これこそが批判的な距離感を獲得するための最大の近道なのではないか、と三浦さんは締め括りました。


 会場に用意した椅子70席はほぼ満席となり、当初の予想を超えて大盛況でした。ご来場くださった皆さんに感謝いたします。


当日の様子1 当日の様子2


































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